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決意表明

今日から俺は・・・

今日から俺は新しい目標に向かって突っ走る!

日記ではずっと黙ってたけど・・・。」

2年前と3年前、私はヨガのインストラクターになるために養成スクールに通っていました。

最初の年、マスタースクールから養成スクールと自分なりに半年かけて頑張ったけどダメだった・・・。

想いの強さだけで目標が叶う程、世の中は甘くない・・・そんなものは誰よりも自分がわかっていたハズ。

だから次の年、2年前は最初の年にダメだった分、それでも腐らずに一層努力に磨きをかけてまた半年間のチャレンジに臨んだ。

同期の誰よりも気持ちも努力も劣ってたなんてコレっぽっちも思わなかったし、寧ろ前の年の同期よりも「気持ちが甘っちょろいな・・・」くらいに思ってた。

前年の反省や失敗を繰り返さないよう、コミュニケーションをとって休日も一緒に練習したりしてた。

「皆で一緒に合格して卒業できたらな・・・」って思えるくらい仲も良かったと思う・・・。

・・・「今年はイケる!大丈夫だ!」と手応えも感じて挑んだ試験当日。

試験の10分くらい前かな?携帯なんか見なきゃよかったんだよ、「親父が救急車で運ばれた」ってメールを見ちゃったから心が乱されたんでしょう・・・。

僅か0.5点合格点に足りず試験は落ちた。

でもたった0.5点、気持ちが乱されなかったら受かってたであろう点差です。

近々行われる再試験に向けて気持ちも集中も切らさなかった、一回目の試験の先生のコメント(メインの講師二人のうちのオイラが尊敬してる先生)がちゃんと自分を見ててくれたんだなって、寧ろ余計に火が付いた!

・・・だけど私に再試験の機会は二度と与えられなかった・・・。

スクールが始まった時から予め決まっていた再試験日のスケジュールをメイン講師の都合で一方的に変更され、その日の為に気持ちも集中も切らさず走ってきた生徒の気持ちも考えずに勝手に再試験日を変更。

しかも変更された試験日は私にはかけがえのない仲間、私の人生を変えてくれたバイク仲間との出会ってから20年目の大事な日だった。

半年も前から決まっていた私には外せない大事な日だった、一方的な試験日変更に納得もできず、最後の最後に結局こっちが折れて予定をキャンセルしたにも関わらず試験の参加を認められず・・・以後、私に再試験の機会は2度と与えられなかった・・・。

・・・そして私は壊れた。

自分が新しい目標を見つけたとき、頑張って前を向こうと思ったとき、邪魔するのは、つまらんケチをつけるのはいつも自分ではない誰か・・・。

昔からいつもこんな人生だった・・・。

不器用なまでにずっと自分の信念貫いて生きてきた、こんなつまらん邪魔されるのなんか何度もあった。

その度に自分は自分の信じる気持ちを曲げずに理不尽な事に真っ向からぶつかって生きてきた。

でもこの時ばかりはさすがに疲れた。

自分がどんな覚悟で、どんだけの気持ちで2年突っ走ってきたかなんてわかってももらえない、あまりにも理不尽、あまりにも一方的すぎるやり方。

決定を下した当の本人は代理人を出して一方的にこちらからのコンタクトを拒否した。

この2年オレなんか悪いことしたか?同期の皆、先生に迷惑かけたか?

一度まっとうな道から外れた人間は目標持っちゃダメですか?

ぶつけようのない怒りと悲しみに毎晩、布団の上で自問自答してた。

今まで散々好きなことやって生きて来て、それでもまた新しく見つけたやりたいこと、”ヨガの先生になること”。

「オレ、ヨガの先生になりたいんだわ」・・・バンドやってた時もそう、自分のやってきたことをずっと何も言わず応援してくれたかあちゃん、唯一の味方だった母と死ぬ直前に最後に約束したことだから私は2年突っ走ってきた。

「貴方は貴方の見つけた目標を目指すときの情熱は誰にも負けない強さがあるから」そう言って笑って逝った母との約束だけはなんとしても守りたかった・・・。

だから一方的にそんな目標を潰されたダメージがドッと圧し掛かり、あまりにもスクールの理不尽なやり方に、そしてかあちゃん以外の家族との問題、職場の上司から受けるストレスと・・・精神的にかなり参ってしまい私は壊れた。

軽い鬱を患って、仕事も休みがちになってた。

生きてるのも辛く、何度も死ぬことも考えてた。

しんどいとき、大事なことほどオレは一番身近な人には相談しない。

相談できる人が居なかった・・・が、正しいか。

それが結局自分を追いつめたんでしょう。

いつ死んでもいいやぁ〜くらいの惰性でダラダラ生きてた去年一年。

でも自分を助けてくれたのはこの3年、ずっと自分を見てくれてたレッスンでお世話になってるジムのヨガの先生や常連の馴染みのお客さん、そして気晴らしに遊んでくれた小、中学の同級生だったんでしょう・・・。

具体的に何をしてくれたわけじゃない、ただこんな抜け殻になった自分を心配してくれる人がいるってことが自分に前を向かせてくれた。

私は自分にとって大事に思える人への感謝は忘れない、困ったときに手を差しのべてくれた相手に対して精一杯自分にできる努力は惜しまない。

いつからかこんな生き方をしてきた。

だから少しずつまた前を向けるようになった。

”自分の目指す道を応援してくれた人には自分の目指す世界で恩返しをすること”

この考えに至るまでに2年掛かったけどヨガの世界で言えば私は心の修行をしてたと今は思える。

過去に何度か言ったことがあるけど・・・人を傷つけるのも助けるのも人間。

だったら私は後者のような人間になりたい。

先生になってレッスンに来てもらったときが応援してくれた人たちへの私の恩返しになる・・・。

今日から俺は

だから今日からオレは新しい目標、全米ヨガアライアンスの資格を取るためにまたスクールに通います。

2年前まで通ってた養成スクールは形の上では一応は卒業してるけど試験を受けれなかったことにずっと不満を持っていた。

今ならオーディションから入ってレッスンを持つこともできるでしょうが審査する講師が試験を許可しなかった嫌いな方の講師だから今は受けない。

人の人生弄んだ人間にはそんな簡単なことじゃつまんねぇ〜仕返しにしかならいからね。

”仕返し”って言葉が含む意味はまぁ〜いろいろあるけどね。(笑)

まっとうな人生歩んでこなかった分、義理や人情と言ったものを大事にしてます、いつか”ケジメ”はしっかりつけてやる!

自分は世間的にはまっとうな人生は歩んで来てはいない。

学も無ければ社会人としての成功も無い、寧ろ外見からくる特徴でたくさんの差別や屈辱を受けてきた。

だからこそ普通の人には見れないような自分にしか見えない人生の景色や考え方を持っている。

今現在、そしてこれから先、自分に関わる人達に今までの自分の人生が間違いじゃなかったと胸を張って言えるように、人間として先生として、カッコいいとか目標に思われるような人間になれるように、今までの生き方を無駄じゃなかったって、胸を張って言えるように努力したいと思います。

2年、棒に振った時間は年齢的には厳しいでしょう、オレには時間が残されてないから突っ走るのみ!

途中で倒れれたらその時はホントにそれだけの人間だったと諦めよう・・・。

・・・近くにあるのにもう二年間行けていない、線香もあげていない、良い知らせを持って無事にかあちゃんの墓参りに行けるように応援してください。

この3年、なんとなく日記に書くことを躊躇っていた不満とゆうか大きな荷物をこの機会に捨てておこうかとようやく吐き出せました。

”努力”と言う言葉は本来自分で言うべき言葉ではないと思う、周りにいる人が自分を見て言う言葉だ。

だけど養成に通っていた2年、私は誰よりも努力したと言えるだけの勉強と練習をしたつもり・・・。

” 努 力 に 勝 る 才 能 無 し ! ” 

” 自 分 を 信 じ て 我 道 驀 進 ! ”

↑の言葉はずっと自分の人生に付き纏ってきた言葉、過去も、今も、無論これからもだ。

一度は潰されかけた目標だけど、自分を心配してくれた人たちと「貴方は貴方の見つけた目標を目指すときの情熱は誰にも負けない強さがあるから」と、かあちゃんの最期の言葉を思い出してオレはまた頑張る!

たまには真面目な日記も書く、わたくし狂乱の誓いの言葉でした。

こうやって日記に残すことで心が折れそうになった時に頑張れるかな?