たぶん増えてる

日々、じょじょに感情が薄れていってるように思う。

マニュアル、ハウツーにナリッジ、アルゴリズムにメカニズム、そんなんに縛られてがんじがらめ。

言葉や記号でで説明できない事は排除されていき、思いにふける暇も余裕もないときたもんだ。

何をするにも資質だとか資格だとか品格だとか世間は言う。その一方で、自己責任だ多様性だ自由だとか言う。

カネのため以外に働く意味が見出だせないといい、カネがないから共働きだとかという。

情緒は失われ、道徳は義務教育から外れ、あらゆる事はカネを払って満足させようとする。

誰だって、なにかしらの点で欠陥があるのに、自身の欠陥を見てみぬふりをして人の欠陥をつつく。

数値判断で人となりを評価され、勝ち負けが決まる。

そんなんだから、誰でもいいから人を殺してみたかったとか、人の無念がわからず自分が辛いとか、どうすりゃいいかわかんないとか、そういうのが増えるのは自然に思う。

自分の気持ちすら全てを把握しているわけでもないし、すぐに変わってしまうものなのに、人様の気持ちをどの程度理解しているかなんてわからんし、考え出したらやーめたってなるし、都合の悪い事は忘れてしまう。

前も書いたけど、こうした大きな問題が起きた時こそ、よりよい未来のための変化をおこせるチャンスではないかと思う。

■遺族の悲しみ「驚いた」 元少女タリウム事件裁判

(朝日新聞デジタル - 03月07日 16:00)

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